B’zで考えるデータ活用

B’zとデータ活用の知られざる関係

本日はB’zの数々の名曲にのせて

というわけで、YoutubeにてB’zのLIVE-GYMの数々が期間限定の無料配信になった昨今、皆様いかがお過ごしでしょうか?自粛の中の一息の清涼剤に、ぜひご覧ください。

https://www.youtube.com/watch?v=52b-46YzX8A

まず”Easy Come, Easy Go!”を聞きましょう

まあ、いきなり謎の書き出しから始まりましたが「Easy Come, Easy Go!」の意味から入りましょう。それは「簡単に手に入るものは簡単に失ってしまう」という意味です。なので、たぶん日本語のことわざでいえば「本当に大切なものは簡単には手に入らない」という意味で「石の上にも三年」という感じなんでしょうかね。まあ、そういう意味です。

あ、B’zの楽曲”Easy Come, Easy Go!”については以下のリンクをご参照ください。

https://ja.wikipedia.org/wiki/Easy_Come,_Easy_Go!

データ活用の現場あるある

で、誤解されたくないのは老害チックに「一人前になるには20年の修業が必要じゃ、ほっほっほ」なんて言いたいわけじゃないんです。今回お伝えしたいのは「簡単にできる」という「錯覚」の怖さについてなんですね。

ITPの話だったりコンサルの話だったり、昨今のSMB向けのコンサルティングでも思うのですが「物事を安易に捉える」という行動の結果、いつの間にやら取り返しのつかない事態を招いていることがかなりあります。It’s too lateです。かつ、このケースは特に「データ活用」の話をするときによく起こっています。

はっきり言えば「DMPを導入すればデータ活用できますよ!」と言うフレーズは先ほどの「錯覚」だといってもよいでしょう。まあ、きっかけは錯覚でもいいのかもしれません。なんでもゼロから始まるわけですから。

でも、DMP導入したって「データとは何か」という本質がわかってない人が活用なんか出来っこありません。ほんとにここは悩み多きスイマーのような状況です。

「データ」とはなんなのか?

データ活用において考えてほしいのは、導入した後に使えなくなって「どうすれば時が戻る?」なんて考えることではなくて、まず導入以前に「自分は何がゴールなのか」を明確に定義し、その上で「データの活用が必要である」という手法として明確に落とし込めているか、というところです。そしてその際には「今自社がどんなデータをどこでどのように収集しているのか」まで明確に把握しておく必要があります。

実際によくある話なのは「sembearさん、弊社は〇〇なデータを保有していまして、それを活用した事業を作りたいのですが」という話があった場合、かなりの割合でその方は「自社のデータ」の具体的な内容を分かっていません。

データがありゃいいってもんじゃないってことです。だって自分のところのデータの具体的な中身(それこそテーブルレベルとかERレベルの話で)が分かっていないと、そのデータが活用できるのかなんてわからんのです。ここまでくるとI don’t know, you don’t know!という状態になってしまいます。こうなってしまうと「あなたはデータの一部しか知らない」という話をせざるを得ません。

マーケティング担当がテクノロジーを避けちゃいけない

結局のところ、これは私が見てきた風景でしかないので、一般化できる話ではないのかもしれませんが、世の中の多くのマーケティング担当者(代理店のコンサル含めて)が「テクノロジー」になった瞬間、冒頭に書いた「錯覚」の部分から蒼い弾丸のように飛びだせない、ってことが一つの問題だと思っています。

タグとかデータベース、っていう言葉が出てきた瞬間に自分の領域じゃないと線を引くというか、そうなってしまうと「ツールの導入」まではたどり着けたとしても、実際に使える状況にならない、なんてことが起こってしまうわけです。

実際のところマーケティングテクノロジーは、夢の道具じゃありません。どんな道具であってもきちんと目的を決め、活用するための泥臭い準備がなければ「導入しただけ」で終わってしまうわけです。

そして最後はウルトラソウル!ヘイ!

ですので皆さん、ここでぜひウルトラソウルの歌詞を思い出してください。

「夢じゃないあれもこれも 今こそ胸を張りましょう、祝福が欲しいのなら 底なしのPain迎えてあげましょう」

B’zのUltra Soulより

実際に新しいことを学ぶことに苦痛(Pain)はつきものです。でもそのプロセスを避けてしまうと祝福(成功)は得られないし、結局は「Easy Come, Easy Go!」になっちゃうんだよ、というお話でした。