「デリバリーの危機」を乗り越える行政組織:自治体職員に必要なデジタルマーケティングのスキルとは?

デリバリーの危機を乗り越える自治体とは

目次

「行政はデリバリーの危機にある」

先日Twitterで東京都副知事の宮坂さんが以下のようなTweetをされておりました。

おそらく元の記事はこちらの英GDS設立におけるMike Brackenの記事だと思いますが、やはり弊社としても力を入れている領域ですので、この「デリバリーの危機」と「デジタルマーケティング人材育成」について改めてお話をさせてほしいと思うわけです。

本文がかなり長い英文ではあるので、まずはMike Brackenの結論的なところからご紹介しましょう。社会のデジタル化の進展、そして行政組織という重厚長大で変革が難しい組織の現状を踏まえ、GDS(イギリス版デジタル庁的なものですね)の長官であるMike Brackenは以下のように結論付けています。

The answer is not a box in the corner labelled “digital” which you open on the rare occasions you need some Internet. The answer is to flood your organization wth digital people and let them lead.

(意訳)答えは、「デジタル」というラベル付けされた、隅っこに置かれている箱ではありません。(中略)答えは、組織をデジタル人材であふれさせ、彼らに主導権を握らせることです。

https://diginomica.com/delivery-crisis-digital-government-demands-radical-change

英GDSは行政のDX推進として民間人材も積極的に活用し、特筆すべき成功を収めた行政のDX事例として知られています。民間のデジタル人材とプロパーの行政職員が連携しつつ、行政のDXを進められたのは本当にすごいなと思いますし、改めてGDSの取り組みを見てみると本当に参考になります。

ただ、この「組織をデジタル人材であふれさせる」というのは規模と予算額の大きな行政組織なら民間のデジタル人材を招き入れるなどで取り組むことはできるとは思います。しかし、その反面、規模の小さい地方自治体においてはデジタル人材を外部から招き入れることがそもそも難易度が高く、はっきり言えば現実的ではありません。

弊社は宇都宮市、真岡市、そして栃木県においてデジタルマーケティング・デジタル情報発信のアドバイザー業務を務めておりますが、その経験を踏まえ「デジバリーの危機」への弊社なりの考えをまとめてみます。

結論:「自治体職員のデジタル人材化(リスキリング)」が必要

結論から言えば、民間のデジタル人材の登用が難しい地方自治体においては「自治体職員のデジタル人材化」が必要であり、そしてそれは間違いなく可能である、というのが弊社の見解となります。

弊社はデジタルマーケティングの人材育成の会社です。事例にもある通り、様々な広告代理店において「デジタルマーケティングのプロフェッショナル」を育成してきました。そして宇都宮市、真岡市、栃木県においても基本的にはアドバイザーではあるものの、業務のかなりの割合で「研修」を実施しています。すごくわかりやすく言うと、弊社は「自治体職員のデジタル人材化」を推進することをミッションとして事業に取り組んでおり、アドバイザリーも「デジタル人材化」の手段として捉えています。

まずは改めて「自治体職員のデジタル人材化」が必要である理由をご説明しましょう

自治体職員のデジタル人材化が必要である理由その1:みんながCMSを操作するから

これは意外に盲点かもしれません。民間企業の「ウェブサイト」においてページの作成や更新をする担当者は明確にアサインがされています。全社員がみんなウェブサイトのCMSを触って更新をする、ということはほぼないはずです。

ページを作った時に、そのページがみられるのか(検索経由なりソーシャル経由なりで発見されやすいのか)ははっきり言えばページを作った人の能力に大きく依存します。ちょっと具体的に以下の検索結果を見てみてください。

これは「セーフティネット4号」という言葉での検索結果です。おそらくほとんどの方は「セーフティネット4号」が何なのか知らないはずですし、ほとんどの人が初めて聞いた言葉かもしれません。

そしてこの検索結果を見ればわかる通り、この「セーフティネット4号」とは新型コロナウイルスで売上が下がった事業者に対する支援制度だということがわかります。このように「ページの作り方」次第で情報を求めている住民に対して適切な情報を届けることができること、そしてその改善を繰り返すことはページを作る全員が理解しておく必要性があるわけです。

つまり「全職員がCMSを使ってページを作る」以上「全職員がデジタルでの情報発信」のノウハウを身に着ける必要性があることがお分かりいただけるかと思います。

自治体職員のデジタル人材化が必要である理由その2:異動があるから

皆さんご存じの通り、多くの自治体では「異動」があります。その結果今年からは去年と全く異なる部署に異動し、全く異なる仕事をすることになる可能性があるわけです。

やや極端な例ですが、昨年まで財政課にいた人が今年からシティプロモーションを担当する、ということは理屈の上ではあり得ます。そうなると当然市外に向けた市の情報発信などでデジタルを活用する必要性が出てくるわけです。移住なり観光なりふるさと納税なりはネットで比較され「自治体間競争」の中で選ばれなければなりません。となるとデジタルマーケティング(情報発信)のノウハウは絶対に必要になるわけです。

つまり「異動」した先の部署での仕事が「デジタル」に関係する可能性が常に存在します。今は関係ないとしても来年はわからないんですね。そういう意味でも「デジタルマーケティング(情報発信)」についてのスキルは自治体職員にとって「必須スキル」となってしまった、と言ってもよいでしょう。

自治体職員のデジタル人材化が必要である理由その3:それが可能だから

ロジックとしてはちょっとずるい論法なのですが、これが三つ目の理由です。今まで弊社が携わってきた自治体の職員さんを例にとりましょう。

まず宇都宮市においては市の職員の方がGoogle Analyticsを活用して市の公式ホームページの離脱率改善、Google Search Consoleを活用して検索結果におけるクリック率向上を達成しました。ここではGoogle AnalyticsやSearch Consoleといった一般的なデジタルマーケティングで使われるツールを見て、数字を解釈して改善を実現しています。

真岡市においてはデジタルマーケティングを活用して関係人口の拡大、そしてふるさと納税の寄付額を前年比4倍まで拡大することが出来ています。具体的に言えば職員さん自らがソーシャルメディアの数値を分析し投稿を改善しつつ、HTMLでページを作り、タグを実装するというデジタルマーケティングにおける基本的なPDCAを実行をした例です。

そして栃木県デジタル戦略課においては、県庁職員でありながらGoogle Tag ManagerでGAのタグ設置や計測の設定、Tag Assistantを活用した計測環境のデバッグなども職員自らが実施できるスキルを身に着けています。

このように、基本的なデジタルマーケティングのノウハウは通常のビジネススキルがあれば誰だって身につきます。もちろん専門領域はもっとディープではありますし、上に書いたようなことは「初歩」だと言ってもよいでしょう。ただその「初歩」がちゃんとできるだけで行政における「デリバリーの危機」はある程度防ぐことが出来るんですね。

自治体職員に必要なデジタルマーケティングのスキルとは?

まあ、実際のところプログラミングであったりデータベースであったりというデジタルのコアな部分まで全部カバーできるわけではありません。したがって弊社がやった「リスキリング」はあくまで「デジタルマーケティング」のノウハウの範疇を出るものではありません。ただ、昨今のデジタルのツール群はコーディングレベルの知識がなくても使え、そして非常に安い(場合によっては無料)ものが多いことを踏まえると、まず職員のデジタル力を高める最初のステップとしてはあながち間違いとも言えない部分だと思っています。

その上で、今までの取り組みを振り返ってみると「これは必須だな」というデジタルマーケティングのスキルが明確になってきたようにも思います。

自治体職員に必要なデジタルマーケティングのスキルその1:アクセス解析系のスキル

まずこれが基本中の基本でしょう。いわゆるGoogle Analyticsといったアクセス解析ツールの各種指標についての理解と解釈能力が最も必要なスキルであることは事実でしょう。

これは上記にある宇都宮市の事例を見ていただければ非常にわかりやすいのですが、CMSでもってページを作る職員がほぼすべての部署に存在していることを踏まえると、市の公式ホームページについての現状把握と、その現状把握を基にした改善能力はほぼすべての職員にとっての必須スキルになったと考えてよいとみています。

自治体職員に必要なデジタルマーケティングのスキルその2:各種デジタル媒体のスキル

これは具体的に言えばソーシャルメディアやGoogle Search Consoleなど「無料」で使えるツール群の数値を基に情報発信を改善する力だと考えてください。弊社の事例で言えばInstagramのデータを分析して関係人口拡大のターゲットを選定した真岡市の施策、そしてSearch Consoleのデータを分析してコロナウイルス関連の検索語での来訪数を拡大した宇都宮市の取り組みが該当します。

基本的にはソーシャルメディア+Google Search Consoleというところで「プッシュ型」と「プル型」の両方をカバーできることが望ましいことは言うまでもありません。もっと言えばこれらのツールについてはほぼ無料で使えるものでもあるので、ぜひ習得をしたいスキルではあります。

自治体職員に必要なデジタルマーケティングのスキルその3:Google Tag Managerの実装スキル

おそらくこれが最も難易度は高いと思いますが、ただこれができるだけで行政のデジタルマーケティングとしてできる幅が大きく変わります。特に自治体公式サイトにおける申請書のダウンロード回数の計測などではイベント設定が必要ですし、市外向けの施策であれば広告配信においてもタグの設置は重要です。

また、未だにタグの実装能力が十分ではない受託者が多い現状においてはGoogle Tag Companionも含めた「自衛」のスキルとしても必要でしょう。実際に栃木県デジタル戦略課の皆さんはこの領域をカバーできるようになって一気に業務が改善したようにも思います。

最後に:「デジタル人材」であっても「専門人材」である必要はない

上にあるような知識だけで「デジタル人材」と言ってよいのかどうかは異論反論があるとは思います。ただ、弊社がご一緒してきた自治体さんにおいて、上記の知識を実際に身に着けて、そして業務に生かしていることは事実ですし、その結果として明確に数値で計測できる「改善」がみられていることも間違いありません。

冒頭のMike Brackenの言葉とは反するかもしれませんが、私は必ずしも「デジタル専門人材」が行政組織に必要だとは思っていません。知識としては「専門」というよりは「デジタルの基本をしっかり」わかっている職員さんがいれば、行政組織の「デリバリー」は確実に改善すると思っていますし、実際に改善をした例をたくさん見ています。

はっきり言えばデジタルを学ぶことそのものは、決して難しくありませんし、そして一部の専門家が牛耳るものでもないと思うのです

まあ、何を書いても「デジタルマーケティングの人材育成」の会社のポジショントークになってしまうのですが、それを差し引いても「自治体職員」が「デジタルを使える」ようにする取り組みは、特に地方自治体においては必要だと信じていますし、それが日本という国を少なからず住みよくできる努力だとも信じております。