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そもそも「鱧」について
みなさんは「鱧」がお好きでしょうか?鱧の梅肉和えや鱧寿司などは鱧料理としては鉄板で、私も決して嫌いではありません。むしろ好きなほうです。
まず「鱧」とはそもそもどんな魚なのかについて説明をしましょう。
鱧はウナギ目ハモ科に属する魚です。実際あのひょろ長い体を見てもなんとなくウナギの仲間であろうことは想像に難くありません。
しかしあの鱧という魚、実際に料理をしようと思うと小骨が多すぎて「骨切り」という下ごしらえをしなければはっきり言って食えたものではありません。そして何より「鱧」ってあえて食べたい!と思うほどおいしい魚では(私の中では)ありません。お店に行って「鱧の梅肉和え」などがあったら食べたいと思いますし、食べたらおいしいとは思うものの「あー、今日は鱧を食べたい!」なんて言う日は今まで生きていた中で一度もありません。
その一方で、鱧といえば京都の夏の風物詩です。実際に京都では鱧専門店も多くあり「鱧街道」という京都に鱧を運ぶための街道まで整備されていました。
ここで皆さん、不思議に思いませんか?なんでこんな料理に手間がかかり、美味しいけれどそこまでインパクトがあるわけでもない「鱧」がここまでメジャーになったのか?当社調べでは毎年3000万人ほどがこの「鱧議論」を毎晩居酒屋で繰り広げているという結果もあり、やはり「鱧」とはそれだけ謎めいた魚だということができるでしょう。
鱧と京都の深い関係
鱧といえば山口県や徳島県など瀬戸内海でとれる印象がありますが、やはり「鱧料理」といえば京都でしょう。さて、ここで一つの問題が出てきます。特に瀬戸内海に面していない京都でなぜ「鱧」が名物料理になったのでしょうか?
先述の通り「鱧街道」という街道があります。これは瀬戸内でとれた鱧を京都まで届けるための街道ですが、鯖街道ほどメジャーではありませんね。もっと言うと鯖街道があるのはなんとなくわかります。あー、今日鯖食べたい、って少なからずあるぐらい鯖はメジャーな魚です。でも鱧って街道が作られるほどの魚なんでしょうか?まあまずここではその議論は置いておきましょう。まずこの「鱧街道」のポイントは
「鱧は京都でとれない」
という実に当たり前の事実です。自治体マーケティングをやっていると「特産物」の問題に良くぶつかるのですが、実はその地方が原産ではないにもかかわらず、その地方の名物だと思われているものってたくさんあるんです。そういう意味ではその代表格が「鱧」といってもいいかもしれません。
さて、この「鱧」実は非常に面白い特徴があります。それは「生命力が半端なく強い」ということです。鱧の中には水揚げ後20時間以上生き残る個体もあるらしく、ものによると心臓が止まっても内蔵はまだ動き続けるという話もあります。もはや生きるしかばねです。心臓が止まった鱧にザオリクを唱えたらどうなるのか興味深いところです。言い換えるとこれは冷蔵輸送が発達していない時代においては「生きたまま」運べる唯一の魚であることを意味しています。
ここで先ほどの「鱧街道」の話に戻りましょう。夏の京都ではその暑さから、輸送の途中でほとんどの魚が傷んでしまいます。いわゆる「足が速い」魚を食べることはほぼ不可能です。しかし、そんな中「鱧」は違いました。その桁違いの生命力から「暑い夏でも生きたまま京都まで届けられる」魚としてのポジションを確立したわけです。
だからこそ上記にあるように「京都」の「夏の風物詩」が「鱧」になったわけなんですね。
実はこの鱧、一番脂がのるのは夏ではなく秋、しかも晩秋と言われる11月ごろになります。言い換えると「夏の風物詩」と言いながら「鱧の旬」は夏ではなく実は晩秋。つまり「鱧」はその生命力の強さから「夏に食べるしかなかった」魚であって「夏においしい魚」ではないんですね。
「京都」が「鱧」にブランド価値を与えるまで
そんな理由で「夏の京都」では「鱧」が食べられるようになったわけですが、それでも鱧には問題がありました。それは「小骨が多くて食えたもんじゃない」という点です。正しく言うと鱧は「皮下埋没骨」という皮膚と身肉の間にすら骨があるんですね。
そこで当時の京都の料理人は「骨切り」という技法を生み出します。四季を感じさせる繊細な調理法である京料理の職人は、きっと相当な試行錯誤を繰り返したのでしょう。彼ら京料理の職人たちは鱧の身を皮ギリギリまで切りつつも、最後まで身を断ち切らない、つまり食べられるサイズの身でありつつも、骨だけを断つ、という「骨切り」という非常に繊細な調理法を生み出したのです。その結果やっと鱧は「食べられる」状態になります。
こんなに手間がかかる鱧ですが、実はこの話をマーケティング的に見てみると「鱧」単体では実はなかなか「売れない」魚であることが分かると思います。
ちょっと「鱧」の気持ちになって3C分析といきましょう。3C分析とはもちろん「Company(自社)」「Customer(顧客)」「Competitor(競合)」の分析です。
- Company(自社):鱧は生命力が強い。冷蔵輸送がなくとも遠距離の輸送が可能。でも小骨が多くて料理が大変。ふつうそのまま食べられない
- Customer(顧客):京都は海から遠い。脚が速い(傷みやすい)魚を食べることはできない。料理職人はたくさんいる
- Competitor(競合):鯖街道があるので鯖は京都でも人気。でも夏場は傷みやすい
ということになります。つまり鱧という魚は暑い夏でも生きられる生命力はともかく、骨切りという調理技法があることで「食べられる」状態になったとはいえるものの、「海沿いの街」という市場(顧客)においては「食べたい」と思わせるほどの魅力、はっきり言えば鯖などほかの魚に対する優位性はほぼないわけです。いや、美味しいんですよ、鱧の名誉のためにもそこは強調しておきます。でも鯖とか鮪とか鰻とかほどメジャーではない、ということはご理解いただけるかと思います。
鱧がそのような不利な条件を克服できた最大の理由、それは海から離れた一大消費地である「京都」という顧客が存在したこと、そして「骨切り」という創意工夫で「京料理」という極めて付加価値の高い料理の一品になったことです。そしてその結果「鱧」は「夏に食べる魚」というブランドを日本全国で知らしめることになり、「鱧の旬は夏」という誤りにも近い認識が広まっていったわけです。
改めて鱧を見習おう
このように「鱧」と「京都」の関係は自治体のマーケティングを考えるうえで非常に大きなヒントになります。
実は独自の特産品がない自治体は日本国内本当にたくさんあります。ただ、その中には「鱧」のように市場(ターゲット顧客)の選定や創意工夫(伝え方・見せ方)による付加価値により「特産品化」できるポテンシャルを持ったものも少なくありません。すべての自治体を調べたわけではありませんが、恐らく何かしらの形でほぼすべて「鱧化」を目指すことはできるはずです。
それは職人さんや農家さんの創意工夫であったり、その自治体に住んでいる人々の愛情であったり、はたまた地理的な特性であったりと様々に存在します。確かに独自の特産品があることはマーケテイング上非常に有利ではあるので、それを使わない手はないわけですが、中途半端なポジショニングだったら鱧のように「市場」を変えることで「競合」を避けて戦うことも非常に合理的なんですね。
このように今回は「鱧」と「京都」の関係性から自治体マーケティングを考えてみました。マーケティングに勤しむ皆様、今日の晩御飯は「鱧」で決まりですね!