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「自治体のデジマケ」を追求した栃木県デジタル戦略課とsembearの取り組み:前編
弊社は2022年から栃木県デジタルマーケティングのアドバイザーとして約3年間、栃木県が実施しているデジタルマーケティング事業に対して様々な角度から支援をしています。今回はこの取り組みを一緒に進めさせていただいている栃木県デジタル戦略課の皆さんに、今までの三年間を振り返りつつ「自治体のデジタルマーケティングとは?」という本質について前編・後編の二回分けて掘り下げていきたいと思います!
今回は前編として栃木県デジタル戦略課がどのように各事業課のデジタルマーケティングを支援しているのか、そしてその支援に必要なノウハウや取り組みについて栃木県デジタル戦略課の皆さんにお伺いしました。
栃木県へのファンづくりを目的とした事業である「とちぎきぶん」と「自治体のデジタルマーケティングで最も大切なこと」を伺っている後編はこちらから!

写真左から
- 栃木県デジタル戦略課:高橋さん
- 栃木県デジタル戦略課:青木さん
- 栃木県デジタル戦略課:三浦さん
- sembear合同会社:治田
―――本日はよろしくお願いします!まずは皆さんの自己紹介からお願いできますでしょうか?
三浦:デジタル戦略課主査三浦大輔と申します。主な担当領域は各事業課向けのデジタルマーケティング支援、栃木県公式ファンサイト「ベリーグッドローカルとちぎ」の運営しております。
高橋:デジタル戦略課主査の高橋健司です。担当領域は三浦さんと同じく庁内各課のデジタルマーケティングの支援を行っています。
青木:デジタル戦略課主任の青木絢子です。主に、Instagram「とちぎきぶん」を活用して、栃木県の魅力を発信する業務を担当しています。
―――ありがとうございます。栃木県のデジタル戦略課さんでいうと、三浦さんと高橋さんがおっしゃったような、各事業課さんのデジタルマーケティングを支援するという、いわゆる「横ぐし支援」という部分と、あとはファンサイトの運営やインスタグラムを通して、栃木の魅力を県内外のいろんな人たちに発信していく、ご自身の事業という2つの軸がある、というところですね。
弊社も栃木県のデジタルマーケティングアドバイザーを過去3年ほどやらせていただいたところもあり、今日はその3年間を振り返りながら、自治体がデジタルマーケティングに取り組む上でどんなことが大切なのか、というところを掘り下げさせてもらえればと思っております。
1. 取り組み初年度:土台作りとしての「計測環境」と「マインド」
―――というわけで、まずは弊社がこの取り組みを始めた初年度についてお伺いをしたいと思います。まあ、今振り返れば初年度ってデジマケに取り組む「土台」を整えたっていう感じがものすごくあると思うんですがいかがでしょう?特に効果計測のあたりなども含めて。
三浦:そうですね。sembearさんが入られたのと同時に、本当に同じタイミングでこの業務に着任しました。
で一年目はまあ、先ほど治田さんがおっしゃってる「計測周り」っていうところがあったんですが、私のスタートは本当にゼロからのスタートでした。最初の半年ぐらいはデジマケの用語をずっとこう頭が右から左ずっとこう流れてたんですよね。もうひたすらこう。半年間ぐらいずっと聞き流してたみたいな状態でした(笑)
ただ、計測周りはちゃんとできてないなっていうのはご指摘いただいた通りで、「できてないんだな」っていうのは、もう見てわかる感じだったかなと思います。

―――そうですよね。今となっては信じられない話ですけど、三浦さんとの初年度の話ですごく覚えてるのがGTMのタグ設置ミス事件なんです。覚えてます?ハイフンと長音記号が混在していた件です。
三浦:タグ設定は正しそうなのに、正常に動かず計測が出来なかった事件ですよね。どこが間違っているのかが見つけられなくて。たまたまタグをワードに貼り付けて見てみたら半角ハイフン(-)が長音記号(-)になってたんですよね。よく見つけられたなと思います。
―――あの時はほんとにタグの設置ミスによる計測の不具合多かったですよね。あの時って全体の半分ぐらいはそうでしたっけ?
三浦:まあ、何かしらはありましたよね。タグの多重発火によってGAの計測数値のインフレなんかも起こっていました。2倍3倍で報告されてたりとか。
タグチェックツールで見たら大体警告の「赤」マークや要注意の「黄色」マークがついていたりしてて。そういうのが日常でしたね。
―――行政のデジマケってどうしてもSNSやYouTubeだとかに目が奪われがちなんですが、基礎の基礎たるウェブサイトがそういう状況だとなかなか成果も出ませんよね。しかもちょうどこの初年度ってGA4移行のタイミングだったと思うんですよね。
三浦:そうですね。タイミング的にはあの時にGA4への移行を進めてましたね。
―――あのGA4の移行があったから、ある意味でスパルタ的にタグの実装スキルが身についたと思うんですがどうでしょう?
三浦:そうですね。GA4の移行について、事業者にお願いしてもできないと言われたりだとか、すごくお金かかるという話を受けたりしていました。そういう意味で自分たちで出来ることなら、経験値にもなるし費用も浮かせることができるんで、いい機会だったと思います。
―――結果論的な部分もあったとは思いますが、先日のウェビナーで三浦さんにお話しいただいた「自分の手を動かしてやってみる」っていうところですよね。
三浦:そうですね。やっぱり自分でやらないと結局覚えられないっていうのはありますね。私の過去の職歴から言っても、自分でやるのが大切だっていうのは身にしみて分かっていたところなので、まず本当に自分ではできないのかをちゃんと考えるというところと、sembearさんがいるので、いろんなことを聞いて実践してみよう、っていうのは思っていました。
―――そういう意味では初年度ってデジタル戦略課さんにも知見がない、我々もどこまで踏み込んでいいのかわからない、土台となる計測数値もあまり適切ではない、というところでほんとに手探りでしたよね。それに加えてGA4の移行もあり、本当にしんどい一年だったと思います。ただそれがあったから「自治体職員で出来る限界ギリギリ」を探ることができたようにも思います。
それを踏まえて1年目のいろいろな取り組みで、三浦さんが一番思い出に残ってるエピソードってなんでしょう?
三浦:いろいろあるんですけど。あまりあけすけに言うと記事にできないんで(笑)。一つ挙げるとすると、やっぱり自分たちであるサイトのGA4のタグ設定をゼロから仕上げたことですかね。
あの時はある事業課から相談を受けて、事業者もお金がかかる作業だと言われたのですが予算が十分ではなく、じゃあ自分たちでやるしかないな、と。あそこで一つのハードルを越えられたと思いますし、何より楽しかったです。今振り返ればいい思い出ですね。
―――そのハードルを越えたところが、いわゆる計測環境というデジタルマーケティングに取り組む「土台」を意識できた瞬間だったように思います。そしてその「土台」を庁内で実践できたことが一つのマイルストーンだったのかなって思ったりしますね。
あの時に私も「どこまで教えていいんだろう」というのが吹っ切れたように思います。教える側として「ここまでは必要ないかな」という線をとっぱらったというか。
そういう意味でこの年から始まったデジタルマーケティングの基礎研修である「12時間研修」についてお伺いしてもいいでしょうか?正直結構ハードな研修だとは思うんですけど。

三浦:ハードではあると思いますけど、同時にあそこまで突き詰めて考えなければいけないものなんだっていうのを知るのは重要なことだと思いますね。はっきり言えば、普段デジマケになじみのない行政職員にとってはあれぐらいのボリュームにはなると思います。研修としてはスパルタ感があるのは事実だとは思うんですけど、アンケートの結果をみても「受けてよかった」っていう声がほとんどです。
―――本当にありがたいですね。講師冥利に尽きます。この研修って初年度から毎年実施して、県職員の皆さんだけではなくて市町の職員さんも参加されていますが、三浦さんから見て全体のレベルアップって感じられます?
三浦:接点が少ない市町では何ともわかりかねますが、でも毎年この研修に出る市町もいらっしゃいますし、そういう市町はデジマケに積極的に取り組まれているなと思います。
―――実際に弊社が支援させている栃木県内の自治体でもこの研修を受けられた市町さんの事業では本当に良く成果につながっているんですよね。やっぱり研修で学んだあとの実践までつながると効果が出るな、とも思います。
三浦:あの研修って単純に覚えるというだけではなくて「やってみよう」「やってみてもいいんだ」というところを気付かせるところもあると思うんですよ。
庁内でも「デジタルはわからない」で避けてしまっている人もいた中で「自分たちにもできることがあるんだ」と思える研修になっていることも大きなポイントだと思います。やっぱり「デジマケやってみよう」とか「デジマケってこうやればできるんだ」っていうのが分かってくると積極性が変わりますよね。
初年度では後ろ向きな方もまだたくさんいらっしゃったと思いますが、この12時間研修を何度もやったことで、皆さんが前向きにデジタルに取り組めるようになったな、というのは実感しています。
―――計測環境に加えて職員の皆さんのマインドですよね。そういう意味でも初年度は「土台」を作った1年だったと思います。GA4への移行やタグ設置の実経験、そしてデジタルマーケティング基礎研修などを通して「行政がデジマケに取り組める限界」を把握できたというのが非常に大きかったように思います。
2. 取り組み2年目:初年度の「土台」を基にした発展期
―――それを踏まえて2年目なんですけれど、実は私は2年目で一気にレベルが上がったな、と思うんですよね。特に広告配信についての理解について。
三浦:それはありますね。デジタル戦略課の中でもそうですし、各事業課においても確実にレベルアップしたと思います。デジタル戦略課としては常にデジマケに接しているので当然習熟度は上がってくるんですが、各事業課が着実にレベルアップしたのは2年目でしたね。
―――そうですよね。そして2年目って1年目と比べて事業課の皆さんが相談に来る頻度が一気に上がりましたよね。
三浦:そうですね。「気軽にご相談ください」と声かけするようにしていたところもあるとは思います。と同時に事業課の方もできることがあるんだっていうところがわかるようになって。それで聞いたらなんかヒントがもらえるのかもしれないっていうことで、相談いただいているんじゃないかなと思います。
―――そうですよね。さらにデジタル広告の話にフォーカスさせてもらいますと、広告をやるときにいろんな知識が必要だと思うんですよね。
例えば、広告のセグメンテーションをどうするか?や、どういうクリエイティブにするのか?などいろいろあると思うのですが、どの領域の理解が、この二年目で良くなったと思いますか?
三浦:そうですね。やっぱりターゲットを明確にするっていうところが一番進歩したように思います。単純に「50代から60代の男性」っていう文字だけの話ではなく、その人たちがどのような行動をしてどのような生活を送っているかという、いわゆる「ユーザーインサイト」まで考えられるようになってきた職員がこの時期から増えてきたと思います。
―――ターゲットユーザーの理解はやっぱりマーケティングの1丁目1番地ですからね。そして実際そういった理解が進んだことで、事業者さんへの対応って変わりますよね?
三浦:大きく変わりますよね。これまでは言われたことを鵜呑みにするというか、ある種の丸投げになっていたところも正直あったと思いますが、発注元として広告やターゲットの理解が進んだことで発注先の事業者としっかりディスカッションができるようになったのもこのタイミングだったと思います。

―――そういう意味では事業者さんへの目線は良い意味で厳しくなりましたよね
三浦:そうですね。1年目の話にもあったようにタグ設置や計測については一定の経験値も積んでいたところと、二年目になって広告配信の仕組みについても説明をいただいたことで、媒体の最適化がしっかり考えられているのか?という目線も持てるようになりました。
単純に「広告配信をしました」ではなくて、事業の目標を達成していくために広告配信の改善をどう試行錯誤するのか、というところも考えられるようになりました。
―――そういう取り組みの中で、栃木で働きたいと思う若年層を増やす取り組みである「トチギスト」の事業の効果改善は一つの大きなマイルストーンだったと思うんですよ。
予算はほとんど変わらない中で、事業者さんもちゃんと理解をしてアイデアを出し、事業課さんもそれを受けてタッグを組んで改善できた、本当に「デジタルマーケティングのPDCA」にしっかり取り組めた結果だなと思います。
三浦:トチギストは本当に我々デジタル戦略課もタグ設置やイベント設計で深く関与して成果を上げた事例です。またトチギスト以外の様々な事業で大きく前進しましたね。
―――実際2年目では研修のバリエーションが増えたんですよね。12時間研修だけではなくてデジタルマーケティング初級編、デジタル広告広告指標基礎、デジタル広告技術基礎といういわゆる「カリキュラム」にしたタイミングでもありました。
三浦:研修のメニューが増えたことによって、レベル感などに合わせて参加できる機会が増えたのは大きいですね。意識が高い人はさらなるレベルアップにつながりますし。広告を実施する際のゴールへの意識も大きく変わりましたね。
―――1年目でゴールを測る環境を整えて、その数値が正確にわかるからこそ自分たちの事業のゴールがなにかを明確にわかってきた2年目、という感じはありますよね。そういう意味でも1年目の「土台」がしっかりあったことから、その土台の上にどんな建物を作るかがより具体的に議論できるようになりましたよね。今の計測数値を基にしたときにどんな広告をやるべきなのか、という話ができるようになったと思います。
三浦:ある意味で2年目で我々が「分かってきた」ことで取り組んでいるデジタルマーケティング事業それぞれの課題や問題が明確になった1年でもあったと思います。
3. 取り組み3年目: 自治体デジマケの1つの完成形へ
―――なるほど、それを踏まえて今年度、3年目の話に移りましょう。実際に3年目になって相談件数も爆発的に伸びましたよね?
三浦:内容も変わりましたね。仕様書を作成する前段階からどこをゴールにするべきか、という内容の相談も増えています。
―――目標値とかゴールって実は安易に決めちゃいけないものですし、そういう理解が進んでくれて相談につながってるのはいい兆候ですよね。そういう相談であったりプロポーザルの審査員であったりと様々な関与につながっていると思うのですが、どれぐらいの規模になってます?
高橋:令和5年度で20事業だったものが今年度はすでに25事業になって件数も増えてますね。
―――正直2年目までの仕様書とかだとかなり手直しというか、修正が必要なものも多かったと思うんですが、今年度はそういう意味ではあまり問題のない仕様書案も多いですよね
三浦:それは実はデジタル戦略課側で問題がある仕様書について協議・修正できているからというのもあります。わざわざsembearさんまでもっていくまでもなく、庁内で修正できる知見が整ってきた、というところですね。
―――やっぱりそこは大きいですよね。冒頭三浦さんと高橋さんがおっしゃった「横ぐしでの支援」という話につながるんですが、例えば5の事業の支援と25の事業の支援だったら、25の支援の方が当然横ぐしとしての機能度が高いわけで、かつその支援も弊社に丸投げではなく庁内で完結できるところがあるというのも大きな進化ですよね。
まさしく「デジタルマーケティングに全庁的に取り組んでいる」という状況になってきたと思います。ではここで具体的に栃木県のデジタルマーケティングって具体的にどんな事業があるかを伺ってもいいですか?
高橋:本当に事業のジャンルは多岐にわたります。今年でいうと全部含めれば40近い事業の相談を受けていて、その中には県民向けの啓発、感染症対策、観光、移住などなど、本当に幅広いジャンルのデジタルマーケティング事業があります。

―――県民の方向けから県外へ向けた事業まで、本当に幅広くデジタルマーケティングを活用されてますよね。一般的に「自治体のデジタルマーケティング」っていうと移住とかふるさと納税とかっていう話になりがちなんですが、もう栃木県の場合は「県が発信しなければならない情報発信をいかにデジタルを使って最適化するか」っていうレベルの議論になってると思うんですよね。
実は栃木県以外の自治体では私は「デジタル情報発信」という言葉と「デジタルマーケティング」という言葉を意図的に使い分けているんです。でも栃木県の場合は対象がだれであれ、目的が何であれ「デジタルマーケティングを活用して情報を適切な人に届ける」というところで考えられるので、そういう意味でも「自治体のデジタルマーケティング」の一つの完成形だと思うんですよね。情報を届けるのがだれであっても、しっかり内容を理解して行動変容を促す取り組みができていると思います。
三浦:実際に来年度の事業では今までよりももっと県民の方に向けた情報発信でデジタルの活用が進むような話になっています。デジマケって別に外から人を呼び込むだけのものではなく、今栃木県に住んでいる人にとっても大切な情報伝達手段なんですよね。
―――やっぱりもう情報流通のメインストリームがデジタルになっている時代を考えれば、行政の情報発信として今の栃木県の取り組みが「あるべき姿」だと思うんですよ。そういう意味で今の栃木県のデジタルマーケティングの在り方は自治体デジマケの一つの完成形になりつつあるように思います。

いかがでしたか?「自治体のデジタルマーケティング」を推進するためには「何が必要」で「どこまでできるか」を模索しながら、三年間で全庁的なデジタルマーケ支援体制を整えてきたことがお分かりいただけたかと思います。
いったん前編はここまで、栃木県へのファンづくりを目的とした事業である「とちぎきぶん」と「自治体のデジタルマーケティングで最も大切なこと」についてうかがった後編はこちらから!