
ここは「デジタルマーケティング長屋」。デジタルマーケティングに携わる人がたむろをしているとある長屋です
源さん:おや、ご隠居、何をそんなに黄昏てるんだい?
ご隠居:おお、こりゃ源さん、ずいぶん久しぶりだねえ。。。このシリーズの前回更新が2024年の5月15日って、もう1年半も更新してないじゃないか!そりゃずいぶんとご無沙汰してるねえ!
源さん:おお、さすがご隠居。相変わらずのメタ発言、嫌いじゃないよ。で、何をそんなに黄昏てんだい?
ご隠居:ああ、いやね、最近ちょっと人生を振り返っててね。ワシの若いころにあった、とある事件を振り返っとったんだよ。
源さん:ご隠居の若いころ?巷じゃ「デジタルマーケティングの生き字引」って言われてるご隠居のことだ、またなんか深ーい事件にでも遭遇してたってことかね?
ご隠居:まあ、めったに話すことじゃないけど、今日は世界のインターネット広告の歴史が変わった、2004年8月の事件についてちょっと昔話としゃれこもうか。
源さん:いいねえご隠居!このシリーズ初のシリアス路線だね!
米国特許第6,269,361号:通称361特許
ご隠居:あれは2004年の夏、確か8月9日だったな。とんでもなく暑い日で、仕事をさぼってフラペチーノを飲んどった。。。
源さん:なんだい、ご隠居。そのハードボイルドな出だしは?しかもフラペチーノってのは大人が飲むには甘すぎるんじゃないかい?
ご隠居:細けえことはいいんだよ!とにかく、その日アメリカでとある二つの企業が裁判を戦ってたんだよ。検索連動型広告を世界で初めて「発明」したOverture Services IncとGoogle(現Alphabet)だね
ルーシーちゃん:待って待って、検索連動型広告ってGoogleが最初なんじゃないの??
ご隠居:おっと、これはこれはルーシーちゃん、最近の若い子は何にも知らないねえ。源さん、おしえてやりな。
源さん:ご隠居に頼まれたんじゃ仕方ねえ、ちょっと解説してあげよう。今のインターネット広告のメインといってもいい「検索連動型広告」なんだが、発明したのはGoogleじゃなくてOverture Services Incっていう会社なんだよ。正しくはOverture Services Incになる前のGoTo.comっていう会社なんだ。
ルーシーちゃん:へえ!源さん物知りね!でもご隠居が「発明」って言葉を使ってたのは何か意味があるの?
ご隠居:お、鋭いね。実は検索連動型広告は文字通り「発明(Invent)」なんだよ。ってのは、この検索連動型広告の仕組みはアメリカの特許に2001年に登録されてる。つまりこの仕組み自体が「新規性」や「独自性」があると認められた「発明」として認識されたんだね
ルーシーちゃん:へえ!すごいね!これってあれ?特許料でがっぽがっぽいくやつ?!
源さん:ルーシーちゃん、お金の話になると目の色が変わるねえ
ご隠居:まあまあ源さん、お金に目がくらむのは若者の特権だから。でもまあルーシーちゃんの言う通り、この特許はとてつもなく強力な発明だったわけだ。
源さん:ほう、強力ってのはどういうことだい?
ご隠居:ふむ、じゃちょっと解説してやろう。この米国特許第6,269,361号、毎回これ書くと長いんで、今回は通称の「361特許」で統一しよう。この特許は非常に「射程が長い」特許だったんだよ。
ルーシーちゃん:ご隠居!意味が分かんない!射程が長いってどういうこと?
ご隠居:全く若者は風情のある言葉遣いを理解しないねえ、、、オジサン悲しくなってきたよ。ただまあ、ちゃんと説明をすると、この361特許は、特許として定義されている主張の幅が非常に広かったんだ。つまり解釈次第でいろんな広告媒体が特許侵害になりかねない、っていう内容だったんだね。
源さん:でもそういう特許って、だいたい訴訟では「前例がある」みたいな形で負けるんじゃないかい?
ご隠居:お、源さん、いい点つくね。その通りさ。しかしこの361特許はちょっと違ってて、この361特許で最も強固に主張されていたのが「入札単価に基づいて検索結果に広告を表示する(Bid To Position)」ってことと「入札単価に基づいてクリック課金額が決まる(Pay Per Click)」の二点で、この二つについては「前例」が存在しなかった、つまりこの二つのどちらか一方、または両方を侵害していると認められたらそのビジネス自体が存在できなくなる可能性もあったわけだ。
ルーシーちゃん:えー!それやばくない?!どれくらいやばいって「ヤイバ」を10回早口で話したら「やばい」になるくらいやばくない?
源さん:ルーシーちゃん、ヤイバは10回早口で話してもやばいにはならないよ・・・
ご隠居:まあ、ほんとにやばい特許ではあるんだよ。そしてOverture Services Incは2002年にGoogleの検索連動型広告(AdWords)がこの特許を侵害している、として訴訟を起こしたわけだね。
インターネット広告の「歴史」が変わった日
ルーシーちゃん:へえ!そんな裁判があったのね!でもそれが何で「歴史」が変わったの?
ご隠居:まあ細かいことは端折るが。。。この裁判、実は「落としどころ」としてOverture Services IncとGoogleの間で和解が成立したんだね。この和解がまさしくインターネット広告の「歴史」の大転換点になったわけだ。
源さん:ほう、そこんところもうちょっと詳しく解説してもらおうかい?
ご隠居:まずこの裁判当時、Googleは上場直前だったんだね、もしこの裁判が長引いてGoogleが負けていたら、そもそも上場がどうなったか、って問題が一つだね。次にこの特許の利用許諾を得たことでGoogleの広告事業が順調に拡大したこと、これはその後のDoubleClickの買収(筆者注:この買収もディスプレイ広告の特許取得が目的の一部ではあった)にもつながった話だ。この裁判一つで大きく歴史が変わった、ってのは多少誇張表現ではあるだろうが、少なくとも嘘じゃねえ。
ルーシーちゃん: ねえねえ、何でそんな強力な特許だったのに和解したの?最後まで戦えばOvertureが勝てたかもしれないのに!
ご隠居: まあ、そこが大人の世界の面白いところさ。実はこの時、Googleはどうしても早く上場(IPO)したくてたまらなかった。特許訴訟という「爆弾」を抱えたままじゃ上場にケチがつく。だからGoogleは、Overtureの親会社だったYahoo!に対して「うちの株を270万株あげるから、これで特許を使わせてくれ(和解してくれ)」と持ちかけたんだ。
源さん: 270万株!? 上場直前のGoogleの株をかい!? そりゃあ、とんでもねえ額の現金(資産)が動いたってことだな!
ご隠居: その通り。Overture(Yahoo!)側からしても、裁判で勝つか負けるか分からないリスクを負うより、目の前でGoogleが差し出してきた莫大な「上場益」を取る方が論理的で確実だった、ってわけさ。
ルーシーちゃん: へええ!なんかドラマみたい!でも、なんでご隠居そんな昔の裏話に詳しいの?ただの隠居じゃないよね!?
ご隠居: いやね、実は先日棚を整理していたら、当時のOverture Services IncのIP(知的財産)担当の名刺がポロっと出てきてねえ。当時、ワシはこの361特許の仕様について、夜な夜なアメリカのIP担当チームとWebExで会議してたなあ、なんてことを思い出したんでね。
源さん: ちょ、ご隠居!あんたその歴史的事件の「ど真ん中」でシステム作ってた当事者かい!?
ご隠居: いやいや、さすがに当事者とはいえねえさ。ただまあちょっと絡みがあった、って程度だね。ちなみにスマホの電話帳にも、いまだに「US IP Team」っていう名前で番号が登録されてて、消し忘れてたんだよ。懐かしいねえ、、、若いころはワシもCrazyな盤面で無理をしたもんさ。
源さん: さすがは「デジタルマーケティングの生き字引」……スケールが違いすぎるぜ。
ご隠居: 源さん、今の若いもんに伝えておきたいのはね。今当たり前のように使ってる「検索連動型広告」のルーツには、こういう血で血を洗う特許戦争と、大人のギリギリの交渉があったってことさ。システムの「裏側(歴史)」を知ってるやつは、ただ画面を操作してるだけのやつより、絶対に強い仮説が作れるんだよ。
ルーシーちゃん: かっこいい!ご隠居、一生ついてく!
ご隠居: おっと、照れるねえ。というわけで整いました!「法廷闘争」とかけまして「縁起がいい」と説きます!
ルーシーちゃん: その心は?
ご隠居: どちらも、Sue(末)が広がります!(Sue=訴える、末広がり=縁起がいい)
源さん: お後がよろしいようで!




